タイトルの通り、嫁が妊娠した。第一報が入ったのは金曜日の仕事中だ。
知ってる人は知っているが、俺はかなりの子供嫌いだ。昔っからの子供嫌いだ。しかし自分の子供となれば話は別だろうと思っていた。街で見かけるダメだと思う親達を反面教師にしようと思っていた。
知らせはメールだったのだが、見た瞬間に今まで味わった事のない感覚に襲われた。まず歓喜が来た。これはウソではない。自分でも驚いたが、まず喜んだ。しかし次の瞬間、その子供の事で頭がフル回転を始めてしまい、言いようもない不安に襲われてしまった。未来が走馬灯のように脳裏を巡る。それは決して悲観的な未来などではないのだが、数々の喜びの影に莫大な金が必要になる事がよくわかってしまうのだ。中学から私立に行った俺は何と親不孝な子供だったのだろう。
歓喜を不安が覆い尽くすまで時間はかからなかった。かなり短かったと思う。端から見ていたら、ほとんどメールを見た瞬間に崩れ落ちるように見えたのではないか。実際には崩れ落ちてはいないが、項垂れていたのは事実だろうし、その後の挙動は明らかに動揺していた。
しかしだ、現実に嫁は妊娠した。ならばこの不安を取り除くには何が必要かを考えればいいのだ。不安の多くが経済的な問題だと思っていた。実際、貯金を始めて間もない状態なので不安はある。しかし生まれてくるまでにある程度は貯められる。そう結論づけても、不安はほとんど解消されない。
なぜか。
仕事をしながら突き詰めて考えみたが、結局は健康に生まれてくれさえすればいいのだ。しかしこれは俺が何をしたところでどうにもならない、出てきてくれるまでは決して拭われる事のない不安だ。
あとはね、心の準備。正直言って出来ていなかった。これまで長い事イロイロな薬を飲んでいたし、今でも飲んでいる。だから生殖能力が落ちていると勝手に思い込んでいたのだが、そうでもなかったようだ。
ああ、この薬が俺の不安材料になっているのだな。身に覚えがあるからこそ、不安なのだ。
とにかく、正常であってくれ。健康であってくれ。そうすれば、後は何とかなる。
人の一生を背負うようなものなのだ。根が暗い俺には、今の時点では余りにも強大なプレッシャーだ。嫁は喜んでいるが、俺には責任の重さで素直に喜びを表せない。
まぁでも、正月から縁起がいいやぁ、と貯金に邁進するのであります。決して愛情がないわけではないので、ならば金くらいは持っておこうと。素直じゃないからね、ゴメンネ、嫁。